石 巻 千 石 船 の 会 情 報 欄

平成25年度の研修旅行は秋田県にかほ市・山形県酒田市です。 ニシン御殿の旧青山本邸〜十六羅漢〜象潟郷土資料館〜蚶満寺〜白瀬南極探検隊記念館〜湯ノ浜温泉泊  翌日は酒田日和山〜旧鐙屋〜屋形船での船中弁当〜山居倉庫〜石巻
16名参加で今年も大変勉強になりました。天気にも恵まれ皆様満足しました。

(2013.4.5)  今年度の総会は4月27日(土)11時より中央2丁目の「とり文」で行います。会費は3千円で総会後、親睦会を行いますのでご参加ください。また、今年度の研修旅行は9月29日(日)〜30日(月)で、秋田県象潟や白瀬南極記念館、ニシン御殿の青山邸などの予定です。

(2012.11.19)
   

今年度の研修旅行は、17名参加し晩秋の会津です。紅葉が見頃で日新館・嘉永蔵・など有意義な研修でした。宴会も多きに盛り上がりました。写真は13日の大内宿です。

 (2012.9.2) 今年度の研修旅行は、11月12日(月)〜13日(火)、会津方面へ行きます。会津の藩校日清館など見学し、宿泊は小牧温泉です。翌日は大内宿、塔のへつりなどを回ります。会費は2万8千円位の予定です。会員の皆様、是非ご参加ください。できれば早めに事務局までお申し込みください。

(2012.6.9)  石巻千石船の会平成24年度総会が「とり文」で行われました。今回は27名のご出席で例年より多くの会員の方がご出席してくれました。これも、震災の後に皆様の情報やお会いしたいとの思いで多くの方が出席されました。
今年はまだ例年通りの行事は難しい面もありますが、頑張りますので皆様のご協力をお願いします。


津波写真2   門脇小学校             残された土蔵付近

 
津波写真 3月11日17時ころ 日和山から門脇町・南浜町方面 一面水に覆われてた

(2011.10.30) 「ふるさとのかたりべ」107号を発行しました。この号は大正2年8月に石巻を襲った大海嘯、東日本大震災の会員投稿の写真、震災体験記、三陸を襲った過去の大津波についてです。会員の皆様には郵送しました。次号は津波で流されながら奇跡的に見つかった伊達正宗の手紙、奇跡的に残った土蔵についてなどの予定です。

(2011.10.11) 本日で大津波より7ヶ月になりました。千石船の会のホームページもやっと復旧することが出来ました。事務局の自宅は門脇町にあり津波のため流失し全壊しましたが、新しくパソコン・ソフトを購入し再開です。幸い当会の会員の皆様は無事でしたが家族を亡くされた方もあり、被災された方は半数以上に及びます。石巻では約4千人の方が津波の犠牲となり、貴重な生命・財産が失われてしまいました。亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

(2011.2.28) 石巻の初飛行   日本で飛行機が初飛行してから今年で101年になります。さて、この程石巻での初飛行が判明しましたので情報を掲載します。
事の始まりは、会員の鈴木紀男氏が手に入れた絵ハガキでした。昨年11月に石巻長浜での白戸栄之助の初飛行の絵はがき「薫号」の離陸と着陸の2葉でした。しかし、当時の新聞が失われており初飛行の日時が不明でした。北海道の網走でこの「薫号」が大正7年に飛んだとの情報から、私の祖母である本間ひでの日記を調査したところ、大正6年7月15〜16日の日記にその記述がありました。これで日時が判明しましたが、今ではもう忘れ去られていることに驚きを感じました。また、その後大正12年〜13年に石巻出身の曲芸飛行士日野俊雄とパイロットの安岡駒好が石巻で飛行したことも日記にありました。ちなみに、仙台での初飛行は大正2年に白戸栄之助が「鳳号」で初飛行したようですが、この日時と場所もはっきりしていません。今回石巻での初飛行がはっきりしたことは大きな収穫でしょう。写真左2枚は白戸栄之助の薫号  右は安岡駒好と日野俊雄 日野俊雄は大正14年の第1回航空ページェントでの皮きりに曲芸飛行をしている。大正12年の石巻川開きの飛行では臨時列車が出るなど大賑わいを見せたが前日に着陸の際、飛行機がとんぼ返りをして破損し代わりの飛行機を仙台から借りたため、当日の曲芸飛行(落下傘・縄梯子・翼上直立)はできなかった。

   

(2010.11.24) 設立15周年・ふるさとのかたりべ100号記念誌発刊記念祝賀パーティーは11月9日(火)18時半より石巻グランドホテルで開催しました。会員、来賓など40名が出席し、辺見会長挨拶、北村副市長の祝辞に続き、基調講演として辺見会長が講演しました。その後、乾杯のごご発声は商工会議所副会頭の阿部淳様が行いました。ちょうど午後9時に菊池副会長の閉会で無事終了しました。

(2010.9.13) 石巻千石船の会は、今年で15周年を迎え、11月9日(火)18時30分より石巻グランドホテルにおいて記念式典を開催します。式典では辺見会長の基調講演、功労者への感謝状の贈呈を行います。また、機関誌「ふるさとのかたりべ」100号の合作記念誌ができました。1冊3000円で販売中です。記念式典へのご参加、よろしくお願いします。

(2010.9.13) 2010年 8月2日石巻川開きが盛大に開催され、石巻千石船の会では例年通り千石船パレードに参加しました。総勢約140名が千石舟模型若見丸を先頭に千石船踊りで観衆を沸かせました。  8月29日は北上川フェアで若宮丸・パネルの展示を行いました。

(2010.7.10) 岩手県研修旅行は天気にも恵まれ、大変有意義な旅となりました。見所もたくさんあり、岩手県の博物館などの施設の立派なのにビックリ! 宿では「さんさ踊り」も体験しました。写真左は啄木公園、真中は北上川源流近くの新田の滝、右は盛岡の下町資料館です。

平成22年度研修旅行 (初夏の岩手路を辿る)

研修旅行は6月26(土)〜27日(日) 岩手県を訪れます。 26日は、一関市博物館〜北上川源流(御堂観音)〜盛岡先人記念館〜繋温泉泊
27日は盛岡の御蔵(下町博物館)〜エーデルワイン(試飲あり)〜遠野見学〜石巻着18時予定です。 出発は石巻駅前08時です。費用は3万円程。 
皆様のご参加をお待ちしています。なお、会員以外でも参加は可能です。 3月中に事務局までご連絡下さい。

田代島歴史探訪 2009年9月6日

これまで4回にわたり石巻市内歴史探訪を行ってきましたが、今回はネコの島として全国的にも有名になった田代島の歴史探訪を行いました。田代島の歴史は古く、仁斗田貝塚からは縄文時代(約3000年前)の遺跡が発見されています。漁業の島としてマグロなどを狙った大某網も古くから行われていました。江戸時代後期には田代島の平塚八太夫が千石船による蝦夷地との交易で財を成しています。
9月6日(日)8時半、25名が参加してチャーターヨット2隻で北上川中町河岸から田代島へ向け出港しました。9時50分に田代島の大泊へ無事入港しました。
写真左のヨットともう1隻のカタマランタイプのヨットでのショートクルージングでした。
写真右は大泊港での記念撮影です。天気もよく少し暑いくらいで島の散策には好条件でした。大泊では、港内に残されている船を舫った船繋石が4本あり、これは井内石で作られたものです。船繋石は千石船で栄えた各地の港で今でも見ることができます。
弘法大師縁の井戸があり、大泊は島で一番の良い水が出るところだそうです。石巻の北上川にかかる内海橋を架けた内海五郎兵衛の居宅を移築した家が現在も残されています。(明治35年建築の家)鹿島神社に詣で、島巡りを開始です。
島で一番古いといわれる大六天神社(約950年前)を詣で、島の西海岸を回りました。島南端の三石崎では、三石観音、恵比寿様の石像が建立されていました。観音堂は風雨のためだいぶ痛みがひどい状態でした。約2時間半歩き、仁斗田の民宿マリンライフで昼食です。お腹もすき、のども渇いていたので生ビールがおいしかった! 昼食後、平塚八太夫の土蔵やお墓、稲荷神社、その他石碑多数を見て3時半の巡航船で帰途に着き、5時前には石巻に到着、有意義だった一日が終了しました。
田代島はネコで全国的にも有名になっただけあって、仁斗田の部落内にはネコがうろうろしています。多いときには千人もの住民がいたのですが、現在は六十数人くらいしか住んでいないようです。島の小学校も平成元年に廃校になり、家々も廃屋が目立ちました。神社や歴史的建造物の保存が望まれます。

2009年北海道研修旅行  7月29日

今年の研修旅行は、太平洋フェリーを利用しての北海道、白老歴史探訪の旅です。7月18日19時40分、太平洋フェリー「きたかみ」は仙台港を出港しました。今回は4年ぶりに同じ航路を辿ります。
総勢17名のメンバーは、乗船早々ディナーバイキングで食事とビールを楽しみました。20時30分よりバンド演奏とオールデイの歌を楽しみ、一部の人は23時過ぎまで盛り上がりました。
翌20日、11時苫小牧入港し早速バスで昼食会場の「白老かに御殿」へ。この頃はまだ雨が激しく降っていました。驚くことに、バスのドライバーさんは4年前と同じ女性ドライバーの矢野さんでした。話しているうちに4年前を思い出しました。
昼食後、第1の目的地は登別の地獄谷です。ここは日和山の噴火活動での爆裂火口で、噴煙や熱湯が噴出したいます。やがて雨も上がり北海道の雄大な自然を楽しむことができました。
写真左は、地獄谷でのスナップです。
第2の目的地は4年前にも訪れた、白老仙台藩元陣屋資料館です。14時半到着、事前に連絡していたので係りの方がお待ちでした。4年前は時間も少なく資料館の館内しか見れませんでしたが、今回は屋外の遺構も見学できました。ボランティアガイドの平松幸子さんのご案内で大変実りある見学ができました。ハイビジョン映像の解説も平松さんがナレーターということで皆さん拍手が沸きました。ちょうど前日から陣屋の絵図の特別展が行われており、今年宮城県の丸森の旧家から発見された陣屋絵図も展示されていました。この絵図は仙台の宝古堂の菅野さんの手から白老のロータリークラブが購入し寄贈したものだそうです。菅野さんは私もよく知っていましたのでちょっとびっくりでした。
当時の赤松が1本だけ残っており、その姿が印象的でした。赤松という名の菓子も皆さん購入しました。
写真左は、長屋の遺構です。かなり広い敷地です。ここで亡くなった仙台藩士の墓も二十数基ありますが今回は時間的に見れませんでした。平松さん丁重なご説明ありがとうございました。
写真左は、陣屋資料館での記念撮影。左から4番目が平松幸子さんです。
最後の訪問地は、ポロトコタン(アイヌ民族村)です。陣屋資料館からバスで5分ほどで16時から17時まで見学しました。アイヌの舞踊やムックリの演奏、子守唄など興味のあるものでした。韓国や台湾、シンガポールからの団体観光客の多いのには驚かされました。
その後、19時苫小牧港出港、前日同様バイキングとショーとお酒を楽しみました。海も平穏でほとんど揺れることはありませんでした。
よう21日10時に仙台港入港。石巻には無事12時前に到着し楽しかった旅も終わりました。

(2009年5月2日)

2009年4月26日 平成21年度石巻千石船の会総会が
行われました。当日はあいにくの雨模様でしたが25名の
参加でした。
上田議長の進行で議事もスムースに終了し、
各議題も承認されました。 
懇親会では、明治期の石巻の地籍図など披露され興味深く
当時の様子を見ることができました。                      
永澤さんの乾杯の音頭で懇親会が始まりました。また、
写真集「写真で綴る千石船の会の歩み」を木村さんが
作成してくれ、ナリサワさんのご協力でコピーし当日販売しました。

(2009年3月25日)
 平成21年度石巻千石船の会総会は、4月26日(日)12時より阿部新旅館において開催します。総会後、親睦会を行います。会費は3000円です。
皆様ご出席お願いします。なお、「写真で綴る千石船の会の歩み」を当日希望者に千円で販売します。
今年度の研修旅行は、7月18日〜20日に太平洋フェリーで北海道の白老町を訪問します.仙台藩元陣屋、アイヌ民族村を計画しています。お申し込みは
早めにお願いします。先着24名です。

(2009年1月19日)

平成21年1月7日、茨城県平潟へ行って来ました。平潟は石巻より江戸へ向かう千石船の寄港地として栄えた湊です。
石巻千石船の会の研修旅行で平成13年に訪れています。今回、また訪れる機会があり、懐かしい思い出見て来ました。
写真左は、鷹岡八幡宮で天保年代に火災で焼失したものを、嘉永4年(1851)に再建した社殿です。この再建にあたり、諸国の廻船、地元の商人や遊郭花街から400両もの寄進がありました。
石巻の廻船も26艘の名があります。我家のご先祖様所有の船の名もあります。
写真左は、八幡宮から見た平潟湊の様子です。湾の東側には薬師堂があり、西側に八幡宮があります。 
湾は北東に開けており、北東の風のときはウネリが湾内に入り湾内で破船したことも多々ありました。湾の入り口には石を積んで防波堤にしていました。                                      
写真左は八幡宮の境内に納められた千石船の碇です。おそらく平潟近辺で遭難した千石船の物でしょう。碇の根元の部分を持ち上げてみるとかなり重い物でした。
平潟で遭難した石巻の千石船の乗組員の墓も海徳寺に残されています。この墓は、吉祥丸の乗組員のもので安永年間に遭難したものです。

(2008.9.18)
平成20年度研修旅行 9月13日〜15日 お伊勢参りフェリーの旅

9月13日12時20分、仙台港を出港した太平洋フェリー「きたかみ」1万4千トンは翌朝9時に名古屋港に入港しました。航海は凪もよく、千石船の会一行24名は船旅を満喫していよいよ伊勢路へと向かいました。9時半、チャーターバスで一路二見が浦へ。11時30分二見が浦へ到着、連休のせいか人出がたくさんありました。高速道路の渋滞も、ベテランドライバーの機転で予定通り、車中ではマイクを握って観光館内までしてくれました。写真左は、名古屋港入港で、コンテナバースに停泊中のコンテナ船です。
二見が浦から伊勢内宮へ向かいました。まず、勢乃国屋さんで昼食、名物の伊勢うどんとカツオの鉄火ドンを頂きました。13時より勢乃国屋さんのガイド森さんの案内で宇治橋を渡り神域へ入りました。正月ほどの混みようとの事で、駐車場も満杯、内宮の正殿へ向かう階段は人人人で、これではとてもいけないとの事であきらめて、荒祭宮へと向かいました。約1時間のご案内を受けました。正殿は行けませんでしたが、ガイドの森さんの熱心なご説明に皆様満足されました。
宇治橋の鳥居の前で記念写真。その後、おかげ横丁で皆様買い物やらおかげ座の見物やら自由行動で十分楽しんだようです。15時30分、伊勢を出発。18時に名古屋港フェリーターミナルに到着し20時出港。翌日は17時の仙台港入港までゆったりとした時間をすごしました。18時に無事石巻へ帰着しました。来年も、フェリーの旅がしたいとの希望がおおかった!

(2008.8.2)
帆船「あこがれ」運航事業も天候に恵まれ、石巻の行事はおかげさまで無事終了しました。石巻停泊中の船内見学者は1200名に上りました。
宮古への少年の船の10名も船酔いに苦しめられましたが、石巻代表として宮古港での入港歓迎式に臨んだことは良い経験だったでしょう。

(2009.5.28)

榎本武揚歿後百周年記念・帆船あこがれ運行事業石巻での開催要項

7月16日 帆船あこがれ入港式 午前11時より  石巻漁港西港     帆船あこがれ一般公開  午後1時〜4時  石巻漁港西港
       戊辰戦争講演会    午後6時より   石巻グランドホテル  講師  榎本隆充様(榎本武揚ひ孫)・橋本 進様(元日本丸船長)
                                                    阿部和夫様(石巻市教育長)       入場無料

7月17日 榎本艦隊開陽丸乗組員中井初次郎供養祭  15時より  石巻桃浦 洞仙寺  あこがれ乗組員歓迎レセプション  18時よりサンファン館

7月18日 帆船あこがれミニセールトレーニング 石巻〜塩釜間  10時石巻出港 13時塩釜入港予定  塩釜西埠頭で一般公開 14時〜16時

7月19日 帆船あこがれ一般公開  午前10時〜12時  午後1時〜4時   石巻漁港西港   入場無料

7月20日 帆船あこがれ出港式 午前9時半  石巻〜宮古  石巻少年の船として小中学生10名参加

  7月18日の石巻〜塩釜のミニセールトレーニングでは60名の体験公開を募集します。料金は1名5千円(保険料200円)の予定です。参加希望の方は
メールでお知らせください。また、新聞などで募集予定です。各イベントへの皆様のご参加をお願いします。


(2008.2.12)  榎本武揚歿後100周年、開陽丸蝦夷回航140周年記念事業として次のように開陽丸の復元航海を実施いたします。
「新しい風を」 今から140年前の明治元年、榎本武揚率いる幕府軍は開陽丸を旗艦として艦隊を函館に向けて出帆させました。開陽丸は江戸を出帆後、石巻、宮古、函館、江差へと航海し江差で嵐のため沈没しました。榎本は蝦夷地に新天地を開くべく「新しい風を」求めて希望を託したのです。
今回、140年前と同じく青少年に「新しい風」として良いものを感じてくれたらと、東京から函館、小樽まで開陽丸と幕府艦隊の航跡をたどります。実施するに当たり大阪市の帆船「あこがれ」360トンを使用いたします。「あこがれ」は大阪市が所有する青少年、一般向けのトレーニングシップで、この帆船の航海で得られる体験は計り知れないと思います。各区間の乗船者を募集するよていです。詳しくは「あこがれ」のホームページをご覧下さい。
7月13日東京出港、16日石巻入港、20日石巻出港、21日宮古入港、24日同出港、26日函館入港の予定です。石巻では榎本隆充様(榎本武揚御子孫)橋本進様(元日本丸船長)の講演会、開陽丸乗り組みで石巻で亡くなった中井初次郎の墓前供養際、歓迎式典など計画しております。

(10月27日) 手作りみなとまちフォーラム 主催 NPOみなと塩釜、塩釜港湾・空港整備事務所
11月4日(日)13時30分よりホテルグランドパレス塩釜において「手作りみなとまちフォーラム」が開催されます。これは塩釜・石巻・気仙沼の市民団体の街つくりへの取り組みの紹介とパネルデスカッションで入場無料です。塩釜市は「海商の館・再生プロジェクト」NPOみなとしおがま、石巻市は「石巻千石船の会の取り組み」石巻千石船の会、気仙沼市は「歴史的建造物(板倉)を活かしたまちづくり調査事業」風待ち研究会の報告です。お問い合わせは022−362−9512塩釜港湾・空港整備事務局企画調整課まで

(10月9日) 9月29日(土) 山下町の禅昌寺において、石巻若宮丸漂流民を偲ぶ会in禅昌寺が開催されました。石巻若宮丸漂流民の会と石巻千石船の会主催です。

写真左は、禅昌寺境内の若宮丸供養費の前での追善供養の模様です。
偲ぶ会には200名以上の方々が参加され有意義な会となりました。
木村会長挨拶の後、熊谷教育部長の祝辞がありました。
続いて、禅昌寺と若宮丸の題で、禅昌寺桂田住職と漂流民の会の
大島事務局長の対談を行いました。
若宮丸漂流物語の第1部の開催、若宮丸のロシア漂流と異国体験、
ロシアの映像紹介、若宮丸漂流物語第2部が終了したのは17時でした。
写真右は、若宮丸漂流物語第2部を演ずる鈴鹿景子さん。
鈴鹿さんの菩提寺は禅昌寺なので講談にも熱が入りました。
観衆は、しんと静まりかえり固唾を呑んで熱心に聞いていました。
写真左奥は、鈴鹿さんの講談を聞く若宮丸船主の米沢屋さんの御子孫
の米沢さん。米沢さんは、この場で帰国した津太夫の御子孫の加藤さんとも
200年ぶりにご対面しました。

(8月19日)今年度の研修旅行、お伊勢参りは台風4号のためフェリーが欠航し中止となっていしまいました。来年度、計画しなおしますのでよろしくお願いします。8月2日に行われた石巻川開きパレードには150名が参加し、祭りを盛り上げました。  9月29日は「石巻若宮丸漂流民を偲ぶ会in禅昌寺」が開催されます。プログラムは新講談「若宮丸漂流物語」を鈴鹿景子さんの口演で行います。また、講演「若宮丸のロシア漂流と異国体験」、映像上映「ロシア漂流民ゆかりの地を訪ねて」です。ぜひたくさんの方に参加してほしいと思います。参加はメールにてお知らせください。

(4月19日) 今年度の総会は4月14日(土)12時より阿部新旅館において開催されました。25名の出席で昨年度の事業報告、今年度の事業計画が決定されました。総会後の懇親会では、明治期の絵葉書、写真、地図、それから宝古堂コレクションの環海異聞の写真コピーなどを閲覧しました。お花見弁当を食べながらそれらのお話で盛り上がりました。

(3月30日) 平成19年度総会は、4月14日(土)12時より阿部新旅館にて行います。総会の後、懇親会を行います。会費は3千円です。当日は環海異聞の写真版をご披露しますので皆様ご参加ください。

(11月27日) 石巻市内歴史探訪は、快晴に恵まれて穏やかな暖かい中11月25日、10時より12時まで行われました。永巖寺では、ご住職さんのお話を伺い、普段見ることのできないご本尊の須弥壇の上まで登り本堂の小屋組みまで見せていただきました。海難供養碑、キリシタン墓、天保の飢饉の供養碑、六観音石塔など見学。不動堂では住職さんの読経に合わせてお勤めもさせていただきました。この不動明王様は大きな目を見開き迫力がありました。 11時過ぎにお隣の壽福寺に移動。住職さんの案内で本堂にあるたくさんの素晴らしい絵馬を見せていただきました。歓喜天信仰の大根の絵馬が多いのには驚きました。そのほか立派な物語絵馬が多数ありました。本堂脇の弁天堂では、弁財天も拝むことができました。書院からの素晴らしい庭園を堪能し、鋳銭座の供養碑、旅役者建立の碑、叢塚など見学し本堂の屋根瓦の銀黒にも感心しました。最後に永巖寺山門前の金華山道標を見て永巖寺さんでお茶とお菓子をご馳走になり有意義な見学を終了しました。永巖寺さんでは、海難者の過去帳を見せていただき、特に武山屋の観慶丸の最後だと思われる、元冶元年の観慶丸船頭松五郎が銚子で破船し溺死とあるのに驚かされました。今回で市内の歴史探訪は4回目となりますが、市内でもまだまだ見るべきところはたくさんありそうです。来年度もご期待ください。参加者は20名でした。 (写真下)

(11月15日) 今年度、石巻歴史探訪のご案内。今年度は石巻中心部の永巌寺、壽福寺です。日時は11月25日(土)10時より12時まで。参加費は無料です。永巌寺は海難供養碑、不動堂、天保飢饉の供養など、壽福寺は鋳銭座の供養碑、奉納絵馬などです。車は永巌寺の境内に駐車できます。

(8月9日) 青森県研修旅行 千石船復元船「みちのく丸」見学

今年度の研修旅行は、秋田県小坂町と青森市に行きました。7月16日08時石巻駅前を出発し、一路東北自動車道を北上。鹿角八幡平インター、秋田美人で名物きりたんぽの昼食。13時に小坂町到着、早速小坂郷土館を見学。小坂町は明治期に銅鉱山で発展し、明治末期には秋田市に次ぐ大都会でした。明治百年通りには明治38年に建築された鉱山事務所、明治43年建築の芝居小屋康楽館などがあります。町には水道、電気、鉄道、病院も完備され、日本三大鉱山の面目躍如ということを思い知らされました。郷土館で鉱山の歴史、町の文化を勉強し、次に芝居見物です。康楽館はほとんどそのままの状態に改築された劇場で現存する最古の芝居小屋です。午後2時から4時まで、たっぷり2時間、下町歌舞伎、踊りを楽しみました。桟敷は花道のすぐ目の前で、ビール、アイスなどを食べながら大衆演劇を楽しみました。これまで康楽館に来た事がある人はいるものの芝居を見るのは初めての人ばかりでした。芝居見物はなかなかのお勧めです。
小坂町を後にし、青森市のホテルユニバースには午後5時30分予定通り到着しました。夕食はホテルから歩いて10分ほどの「たか久」です。名物のホタテや魚貝類が中心のメニューで青森の味を楽しみました。津軽三味線の生演奏では、M氏がすっかり盛り上がって三味線に合わせて踊りを熱演しました。付録に仲居さんも津軽民謡も熱唱してくれ楽しい夕食を満喫することが出来ました。初日の目玉、下町歌舞伎と津軽三味線の生演奏はどちらも目の前でのことで想像以上に迫力がありました。(参加者25名、マイクロバスちょうどでS先生のお子様3名も参加されて賑やかなたびでした。)
7月17日、海の記念日です。この日に合わせて「みちのく丸」見学の予定を立てました。天候にも恵まれ、朝一番でみちのく北方漁船博物館へ向かいました。「みちのく丸」運営のNPOのK氏の案内で早速乗船し、隅々まで見学しました。全長32メートル、現在ある千石船復元船では最大で、海に浮かんだ船には本物を感じさせられました。2時間たっぷりの見学で、船体、帆柱とも迫力満点で青森まで来た甲斐がありました。最初の写真は全員での集合写真です。その後、棟方志功記念館を見学、棟方版画の素晴らしさを再確認しました。昼食はアスパム8階で青森湾の展望を楽しみながらビールも飲みました。そこで買い物、ねぶた製作現場見学など自由時間で13時30分青森発、石巻へは予定通り18時30分に無事到着しました。皆様ご満足の研修旅行でした。

(4月24日) 石巻千石船の会平成18年度総会は、4月22日に阿部新旅館において開催されました。23名の出席で会場ではレザーノフの長崎来航絵巻を展示しました。絵巻は5メートルにも及ぶもので、ご出席の皆様には大変興味深くご覧頂きました。今年度は会長の改選があり、新会長に辺見清二氏が就任、前会長の三浦陽悦氏は名誉会長に就任しました。

 

(2月21日) 石巻千石船の会10周年記念講演会も無事終了しました。当日は133名の方にご来場頂き、予想を上回る人数にビックリでした。資料も足りなくなり急遽コピーして配布しました。会長挨拶、阿部教育長、事務局の10周年の歩みに引き続き斎藤先生の講演も大変好評でこれまで知られていなかった仙台藩の御穀船のことについて興味深い事実を知ることができました。第2部の地域作り懇談会にも50名参加頂き、各団体の活動報告やご意見を拝聴しました。第3部の懇親会は会場を移して行われ、40名参加で話に花を咲かせ、当会の御師匠による日本舞踊もあり楽しく過ごすことができました。なお、当日配布した奥州石巻湊旧町名史跡地図は市内のヤマト屋書店で販売中です。


 懇親会での集合写真                   地域つくり懇談会   

(12月15日) 12月3日(土)今年度の歴史探訪、湊地区の史跡を見学しました。

はじめは、箱崎八幡宮を見学、ここは拝幣志神社(はいへいしじんじゃ)と呼ばれた神社で、以前は五松山の山頂にありました。 今回のご案内は、石巻の学芸員である庄司さん(地元在住写真左端)にお願いしました。ここには、高さ6メートルにも及ぶ龍神碑があり、これは文政7年(1824)に湊のひらた船講中20名が建立したものです。石工は井内の新八で龍神の文字は1.5メートル×1.8メートルの他に例を見ない巨大なものです。五松山は明治15年、内海橋が完成したときに五松山記念公園として整備されました。
次に、長嘯山慈恩院(ちょうしゅうざんじおんいん)へ。明治2年に戊辰戦争で逆賊として斬首になった長谷平直道の墓に詣でました。笹町家の有名な倒れ墓(写真右)を見学。21代笹町新左衛門と栄存法印の紛糾で栄存法印のたたりで起すと災いが起こると言われています。墓は22代の彦三郎重頼のものです。次に隣の多福院へ、千石船造船の祖である中村庄右衛門の墓、後醍醐天皇の菩提碑を見学しました。(写真下)その後、一皇子神社へ、ここは護良親王を祀る神社です。護良親王は後醍醐天皇の皇子で足利直義から逃れ石巻に密かに隠れ住んだといわれています。次は、大門崎の岡崎兵右衛門翁の碑(大正2年)を見学。岡崎家は多数の千石船を所有していました。兵右衛門は柳剛流剣豪の岡田左馬輔の弟子でした。旧家にはその剪紙目録が残されています。
最後に、牧山零羊崎神社にある相輪塔、栄存法印の宝筐印塔(文化11年建立)を見学。どちらも石巻市指定文化財です。天気は良かったのですが大変寒い日でした。護良親王伝説が残る湊地区の古い歴史を垣間見て古の石巻を思い起こさせる探訪でした。16名の方が参加しました。

(10月4日) 北上川フェア2005は10月2日、中瀬公園において開催されました。20団体の参加で当会も千石船模型「若宮丸」パネル展示を行いました。心配された空模様も何とか大丈夫で午後には薄日も差しました。フェアの多くの人で賑わいステージイベントも盛り上がり盛会のうちに午後3時無事終了しました。

                 

(9月12日) 北海道研修旅行

今年の研修旅行は、9月9日−11日にかけて昨年に続き太平洋フェリーを利用して北海道の白老、伊達市に行きました。9日20時に仙台港を出航、今年就航したばかりの新船「ニューきそ」に乗船。台風14号の影響が心配されましたが、海は穏やかで快適な船旅でした。参加者は24名でちょうどマイクロバスの定員でした。翌10日10時45分苫小牧入港、早速バスで白老へ。ここには仙台藩の元陣屋跡があり、ボランティアガイドの雪田さんのご説明を受けました。安政4年から慶応4年までの12年間常時120名の仙台藩士が北の守りに就いていました。仙台藩では、中心となる白老の元陣屋のほかに、広尾、厚岸、根室、国後島、択捉島にそれぞれ出張陣屋を置いて多くの藩士たちがその任についていました。資料は、三好監物の資料を中心に貴重な蝦夷の絵図など多数展示してあります。ガイドの雪田さんも仙台藩の関係者が見学に来たとあって、張り切ってご説明してくださり、時間も大幅にオーバーしてしまいました。ここは貴重な文化財として昭和41年に国の史跡に指定されました。仙台市と白老市は歴史姉妹都市となっています。資料館は、昭和59年に開館しています。(写真左)
白老を後にして虎杖ヶ浜のドライブイン「かに御殿」で昼食。(写真左)巨大はカニと熊の出迎えにビックリ。石狩なべで北海道の味を堪能しました。昼食後、伊達市へ。伊達市は、宮城県の亘理伊達氏が明治3年に入植した地です。戊辰戦争で敗れた亘理伊達は、2万4千石からわずか58石に減じられ南部藩の支配となります。亘理伊達の14代邦成(くにしげ)は家老田村顕允(あきまさ)の建策をいれ北海道開拓を決断。明治2年8月に開拓史より有珠郡の支配を命じられ、家臣を移住する準備をする。明治3年3月に松島湾の寒風沢より室蘭に蒸気船長鯨丸で第1期の250名が渡航します。(今回のフエリーの航路とほぼ同じ)その後、明治14年まで9回にわたり2681名が移住しました。この地は北海道でも温暖なところで西洋農具の導入もあり開拓は成功しました。開拓記念館では、林さんの解説で伊達亘理の家法、お雛様など貴重な資料を見ることができました。
敷地内には明治25年建築の迎賓館、明治5年の開拓住宅「旧三戸部家住宅」を見学。また、大正4年の石巻井内の石工が刻んだ開拓紀功碑を発見しました。撰文は金華山神社宮司の佐々木瞬水です。時間も瞬く間に過ぎて、予定していた支笏湖回りのルートを変更し高速道路で苫小牧に17時20分に着きました。19時苫小牧出航、帰りも海は穏やかでステージショウなどを楽しみながら北海道の旅を思い起こしながら翌11日09時20分に無事仙台港に帰港しました。今回の研修旅行では、仙台藩がかかわった江戸期の北海道の警護や、明治の亘理、岩出山、白石など各藩の北海道開拓について勉強することができました。行くまでは、ほとんどの方がこのことについての知識はありませんでしたが、現地に来て初めて仙台藩と北海道の関わりを知ることができました。この意味では大変為になる研修旅行となりました。

(8月7日) 石巻川開きパレードが行われました。にわか雨も心配されましたが幸い降らずに無事終了しました。今年も150名の参加で、千石船模型若宮丸模型を先頭に、奥州千石船の踊りと唄で観客を魅了しました。写真下 出発前のメンバーの雄姿です。踊りは千羽岻社中の皆さんです。

(5月12日) 去る5月7日、平成17年度石巻千石船の会総会が阿部新旅館にて開催されました。21名の方がご参加され、昨年度の事業報告、今年度の事業計画について意見を交わしました。事業については、川開きパレードなど例年とおりです。研修旅行については今後検討して決定いたします。会の役員も一部変更があり、次号の機関紙「ふるさとのかたりべ」でご報告します。石巻の日和山公園のつつじも咲き始めました。連休前にパソコンがだめになり、一部のデータがなくなりましたが。今後もよろしくお願いします。写真下は、総会の模様です。

(11月21日) 門脇歴史探訪は、晴天に恵まれ無事終了しました。14名の方が参加し、石巻文化センターの千石船関係資料の見学、濡仏堂、北上川川口の恩賜燈、船魂神社を回り船魂会館で昼食、懇談と有意義な半日を過ごしました。ふるさとのかたりべ66号、67号はこれらの記事で11月30日に発行予定です。写真左は恩賜燈の前での記念撮影。右は船魂神社の石碑を見る。

(11月1日) 咸臨丸子孫の会の方々が、再び石巻を訪問しました。今回は、7月に石巻を訪問した佐々木さん、小杉さんの他に、榎本武揚の曾孫である榎本隆充さん、濱口興右衛門の曾孫である小林賢吾さん、函館博物館の佐藤智雄さんらが石巻を訪問しました。10月31日、6時10分発の船で女川の出島へ向い島を見学。09時から出島の永清寺のご住職が榎本艦隊の乗組員が残した歓喜天を見せてくれました。榎本艦隊が停泊した折浜では、地元の平塚賢之助さんから当時の模様をお聞きしました。午後からは、旧毛利邸、旧相馬邸、日和山を見学し、橋本さんの所にある咸臨丸土産の柱時計を見ながら歓談しました。夜は居酒屋で懇親会。皆様は、朝4時半に起きて21時まで2日分のスケジュールで疲れましたが実りのある1日を過ごしました。写真下は平塚さんのご説明を聞くメンバー、右の指差している方が榎本さん。

(10月28日) 26日(日)、石巻の日本製紙「健保ひたかみ」において第2回東廻りフォーラムが開催されました。東北学院大学の斎藤善之先生による「石巻港図をよむ−石巻港の歴史空間」、千葉大学の玉井哲雄先生の「港町の歴史空間構成−日本列島における石巻港」、東京大学の深沢克巳先生の「石巻からフランスへ−河川に面した港町」と題打ってのフォーラムが開催されました。会場は、ほぼ満杯の100名以上の方が参加、眠る間も無かった程興味深い講演でした。その後のシンポジウムでも3人の先生方への質問が相次ぎ、予定より30分オーバーして盛会のうちに終了しました。会場を移しての各団体の交流会には29名の方が出席、お互いの情報などを交換し、続く懇親会も大変盛り上がり無事終了ました。翌日の、石巻の歴史巡見、港湾局の船「翔洋」での海上からの石巻港見学も天気がよくよい体験でした。(写真下)

(9月21日)

平成16年の研修旅行は、9月18日から20日まで太平洋フェリーを利用して仙台港から名古屋港へ、バスで知多半島を巡りました。写真左は知多歴史民俗博物館に展示されている打瀬船「藤井丸」風上帆走に優れている。ここで中日新聞の取材を受けました。ここから地元の歴史研究家、大良(だいら)さんが合流しました。次は、常滑市に向い、地元の小島さんに「やきもの散歩道」をご案内していただき大変お世話になりました。常滑焼きは中世から石巻を通じて岩手県の平泉に大量に運ばれており、石巻にも常滑焼きの窯が発見されています。常滑の焼き窯、レンガの煙突の多さにビックリ!常滑屋さんで美味しい昼食後、美浜町へ向いました。
写真右は、美浜町小野浦にある天保時代に造られた千石船型の船山車の前での記念写真(船体部分は人物の陰)。これは全国的にも珍しく貴重なものである。常滑から同行した、富貴にお住まいの籾山さん夫妻のおかげで後ろの船蔵から引き出して見ることが出来ました。また、区長の中川さんに詳しくご説明を受けたくさんの資料とお土産を頂きました。隣の和訳聖書発祥の地の三吉の記念碑も見学。三吉とは宝順丸で漂流した、音吉、岩吉、久吉の事で天保8年にアメリカ西海岸に漂着した。日本音吉漂流記で有名である。ここで、美浜町のケーブルテレビの取材も受け、現地の力の入れように驚ろかされました。
最後に南知多町内海へ向いました。この研修旅行にご参加の石巻の内海さんの先祖の地!写真左は、南知多町歴史民俗資料館でご説明する斎藤先生。本物の帆桁の大きさに当時を忍びました。町内散策で、金毘羅堂、内田家、唐人お吉誕生の地など散策。18時に名古屋港へ戻り20時発のフェリー「いしかり」で翌日17時無事仙台へ入港しました。今回の旅行は天候にも恵まれ、歴史と船の旅を満喫し、参加者は船のたびがこんなにのんびりして命の洗濯になったと感激、フェリーのステージショウも面白かったと喜んでいました。石巻から参加は、23名、現地ではたくさんお方にお世話になりました。ありがとうございました。

(7月5日)

7月2日、咸臨丸子孫の会の幹事教授方頭取である佐々木寛様と角井桂子様、小杉伸一様の3名が石巻を訪問されました。石巻の橋本様の所にある咸臨丸が訪米した時の柱時計を見ることと、佐々木様と角井様と石巻在住の橋本様が咸臨丸の同じ祖先を持つことが縁で実現しました。写真左は、咸臨丸土産の時計を前に初めて対面し握手をかわす橋本様(左)と佐々木様、角井様、小杉様。
写真右は、戊辰戦争時に榎本艦隊の開陽丸が寄港した石巻の折浜にての記念撮影。小杉様の曽祖父は開陽丸の機関長でした。その後、桃浦の洞仙寺の開陽丸乗組員で当地で亡くなった中井初次郎の墓参りをいたしました。中井初次郎は塩飽諸島の広島出身の水主で優秀な働きをしたため滞剣を許されています。
夜は、石巻を訪問した3名と石巻在住の末裔の7名、石巻の教育長、自分の12名で懇親会が開かれ大いに盛り上がりました。その日訪れた所の写真と咸臨丸子孫の会の活動記録をスクリーンに映し出し、積もる話に花を咲かせました。
佐々木様、角井様と石巻関係は咸臨丸運用方の濱口興右衛門を祖先に持ち、小杉様は同じく咸臨丸蒸気方の小杉雅之進の曾孫にあたります。
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